【協会】旅、時々ユースホステル『僕とオーストラリア』vol.2



■ 旅、時々ユースホステル~旅やユースホステルに関するエッセイ~
僕とオーストラリア vol.2



2020年の東京オリンピックから
スケートボードが新たに正式種目に選ばれたということで、
今回は私がオーストラリアで始めたスケートボードと、
スケートボードを通して見たメルボルンの街について
思い出しながら紹介しようと思います。

私がスケートボードに出会ったのは7月のオーストラリアでした。
オーストラリアは季節が日本と真逆ですので、
その時はちょうど冬でした。

当時、語学学校に通っていた私は、
坂の上からスケートボードに乗ったオージー達が
尋常ではないスピードで私たちの前を通り過ぎ、
颯爽と街角へと消えていくのを見てどうしても欲しくなり、
近くのスケートボードショップへ行きました。

勢いよく「スケートボードください!」と言い放つと、
店長と思わしきおっちゃんが
「あっちの棚にかかってるやつから好きなの選びな!」
と言うので、その中から私は適当な板を選び、
100ドルで購入しました。


そうして外に出た私は試しに乗ってみたのですが、
これがまた乗って数メートル進むだけでも難しい!

「あれ?Youtubeで見たのと全然違う!」

板に乗った状態で片足で地面を蹴り、
漕ぐようにして前に進む動作をプッシュというのですが
その基本の“移動”ですら、初心者には難しかったのでした。

ともあれやらないとできないので、
近くにあるケートパークへ行きました。


そこには地元オージーたちがスケートボードで
原付バイクくらいのスピードを出し、
パーク内を縦横無尽に走り回っていました。

そんな中、たまたま出会った日本人スケーターに
どうやって乗るのか聞きながら、
日々乗ってはコケて、コケては擦り剥けて、
を重ねていると徐々に顔馴染みのスケーターが増えていきました。

体中に青アザと擦り傷ができた頃には
スケートボードで町中を移動できるようになり、
語学学校以外での友達が増えていきました。

メルボルンの町中に張り巡らされたトラム(路面電車)や、
自転車から見る景色とは一味違い、
ブレーキが自分の足一本にかかっている不安と、
もしコケたら人に笑われて心身ともにケガをする
という恐怖と格闘しながらの移動は
普段なかなか味わうことのないスリルでした。

何より、徒歩よりも早く、自転車ほど荷物にならない
移動手段というのが素晴らしい!

電車やトラムにも持って乗車できますし、
なおかつ体を動かせる趣味ができたのは
私の健康上大変喜ばしいことでした。
(ちなみに10か月ほどほぼ毎日スケートをしていたら12㎏痩せました)

メルボルンの街には古い建物と新しい建物が混在していて、
ごちゃごちゃ感もあるのですが、
不思議な安心感も醸し出しています。

そんな街をプッシュするというのはそれだけで
気持ちがいいものでした。


時にはLincoln Squareで滑ったり、


時には日が沈むMelbourne Museumの前で滑ったり、


時にはCity Libraryの前のオブジェで遊んだり、


時にはSt. Kilda Beachまで
夏の暑い中プッシュで行ったり・・・


行ったことのない街をぶらつくのは旅の醍醐味ですよね。
徒歩やバスを使ってゆっくりと行く旅も面白いと思いますが、
息を荒げながら必死にプッシュをして移動する
汗臭い旅はいかがでしょうか。

その後に飲む飲み物の味を格別にしてくれること
間違いなしです。

旅先で知り合った人たちと仲良くなったり、
どこかへ行ったり、くだらない話で盛り上がったり・・・
もちろんスケートボードでなくてもできることなんですけどね!

スケートボードに限らず何かのツールを通して
仲良くなった人とは上手く説明できない
一体感を感じるような気がしたりしなかったり・・・

これに限らず人と心通わせるツールを
もっと増やしたいなあと思う今日この頃です。


Writer: 吉村伊久人(Yoshimura Ikuto)
1992年”ギリギリ京都市”の異名を持つ僻地、山科区生まれ。
オーストラリアでの一年のワーキングホリデーを通して旅に目覚めました。
様々な場所から京都に来られる人をもてなす仕事がしたかったので
現在宇多野ユースホステルのスタッフとして働いています。

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