【協会】旅のあれこれ 『ネグロン・イン・ハバナ』



■ 旅、時々ユースホステル~旅やユースホステルに関するエッセイ~



旅のあれこれ 『ネグロン・イン・ハバナ』

グローバル社会である昨今、世界中が日常の一部になりつつある気がします。
少し都会に出れば同じ味のチェーン店があり、電波さえ届けば、家族や友人と繋がっていられる。
全く完全な異文化と接することを迫られるような非日常な場所は、もう地球上でも数少ないのではと思います。

でも、全くないわけではありません。
少しだけ背伸びをして、時間を空けて足を伸ばせば、非日常はあるのです。

先日、ちょっと長めのお休みを頂きまして、今話題のキューバに行ってきました。
陰鬱で暗いイメージが多い社会主義陣営で、明らかに異色のテンションを放つこの国が、前々から気になっていたのです。
今までは距離とお金に躊躇していましたが、アメリカが介入すると何かが変わってしまう気がして、その前に行っておきたかったのです。

正味4日間ほどの旅行だったのですが、驚きしかない4日間でした。
人・物・街の様子から人種構造や政治形態まで、全てが日本と異なった風景。
インターネットさえほとんど見かけない日常。
とにかく面白くて、一日中ろくに飲み食いもせずに街を歩き回っておりました。




ある日ハバナ大学に足を伸ばしたことがありました。
ハバナ大学は規模は小さいですが、東大以上の歴史を持つ由緒正しい大学です。
建物にも重厚感があり、見応え抜群でした。




不審な目で見られつつ、ウロウロしていると、
階段上からやたらテンションの高い男と、
困り顔のアジア人が声をかけてきました。

「アミーゴ!中国人かい?」

「いや、日本人だよ」

「オー、ハポネスか!ハポンは素晴らしい国だよ!ツーリストだろ?
俺はここのスチューデントだ!案内するぜ!」

話早すぎるやろ…。
どう考えても怪しいですが、英語話者が異常に少ないこの国では
珍しく流暢に英語をしゃべる彼はとりあえず付いて行って見ることにしました。

全盛期のエディー・マーフィーばりにテンションの高い彼は、アントニオというそうです。
困り顔のアジア人は中国から旅行できているファン君。

二人はさっき知り合って意気投合したということでしたが、
明らかにファン君が連れ回されてる感がありました。
アントニオはお構いなしに構内ツアーを張り切って始めています。

さすが最高学府の学生らしく、
話が非常にわかりやすい&
バラエティーに富んだ内容です。

ハバナ大学と革命との繋がりを説明しながら、
学生たちが非常用に掘った秘密の地下トンネルを見せてくれたり、
学生たちがテスト前に祈りを捧げる憩いの場所を
見せてくれたり(どう見てもただの藪ですが)、
アントニオの唾が常にとんでいることを除けば、
素晴らしい説明でした。

ファン君はずっと(´・ω・`)みたいな顔をしていました。
多分二回目なのだと思います。

アントニオに連れられるまま、ツアーは大学の外へ。
フィデル・カストロが学生の頃に
革命を語り合ったというカフェバーに入りました。

カフェバーでは、「ネグロン」というカクテルが有名とのこと。
内容はブラウンラムにはちみつ・ミント・炭酸を入れたもので、
モヒートによく似ていました。

「観光客はモヒートやダイキリを飲むが、あんなのは大したことない。
本当のキューバの飲み物はこのネグロンだ」
「ブラウンラムは黒人、氷は白人だ。2つが融け合ってネグロンになる。
この国は誰だって平等に暮らせる人種差別のない国だ。それは俺達の誇りなんだよ」

アントニオ、ええこと言うやないか…。
僕は感動して彼の話に聞き入ってしまいました。
ファン君は歩き過ぎで腰が痛そうでした。

僕が「アメリカについてはどう思う?」と聞くと
「アメリカ人は蛇のように賢い。確かに物不足は深刻だし、
問題だけど、俺はあの国とは慎重に接する必要があると思うんだ」

その後も政治情勢について意見を交わしましたが、さすがはハバナ大学生。
日本の悪いところを指摘されてどきりとする一面もありました。

一段落したところで、彼が席を立ちました。
帰ってくると、その手には何やら瓶が2本。

「ところで、このカクテルには特別なラムを使うんだが、
俺はハバナ大学生だから安く買うことができるんだ」
「君の分とガールフレンドの分で2本だ、20ドルでどうだい?」

そうきたか…。
まあこの手の話は必ず入ってくると思ったのですが、
よりによってこのタイミングとは。
俺の感動を返せ。

しかもそのラム、宿の前の商店で一本5ドルで売ってたぞ!
お前資本主義に毒されまくってるじゃないか!

僕が重たいしいらない、と丁重にお断りすると結構あっさり引き下がりました。
ファン君も腰が痛いし無理と言って断り、帰りました。

お会計を済ませてアントニオと店を出ると、意外にもツアーを続行する気のようです。
なかなかタフな心の持ち主です。

よし、そっちがそう出るなら、俺もトコトン付き合ってやろう。何も買わないけどな!

その後もアントニオは小さな葉巻工場や、ブードゥー教地区、
有名(らしい)水タンクなど、なかなか凝ったツアーを繰り広げました。




「ここの葉巻はベリーグッドだ。これを特別に20ドルで…」
「俺、タバコ吸わんから」

「これはブードゥーの司祭が特別に祈りを込めたお守り…」
「俺、仏教徒だから」

「これは…」
「いらん」

だんだんと口数の少なくなるアントニオ。
ネタ切れで焦りを隠しきれなくなったのか、ついに最終手段に出ました。

「アミーゴ、そろそろお別れだ。
俺は幼い兄弟たちの面倒を見なければならない。
今日のツアーはワンダフルだっただろ?」

「ああ、面白かったよ」

「5ドルくれよ。兄弟のミルク代だ」

直球で来やがった。
しかもめっちゃ横柄な態度で。
真面目な話してる時とのコントラストが激しすぎます。

何も言わなければ少しぐらいチップをあげようとも考えていたのですが、
横柄さにカチンときて徹底抗戦を決めました。

「なんで払わなきゃならないんだよ」

「ガイドしてやっただろ!」

「勝手にしてただけだろ、だいたいネグロン2杯も奢ったじゃねえかよ」

「あれは…」

「だいたいあのラムも葉巻もいくらか知ってるんだぞ、アミーゴ」

この言葉を出した瞬間、アントニオは最高に無表情で去って行きました。
わかりやすすぎるだろアミーゴ…。

今となってはアントニオが言っていたことの真偽はわかりません。
兄弟のことまで全て真実だったかも知れないし、
全部口から出まかせだったかも知れません。

ただひとつ言えることは、アントニオは資本主義の世の中でも
きっと上手くやっていけるということです。

グラシアス・アミーゴ!





Writer:新倉 遊
1988年生まれ。名前を読んで字の如く、
沖縄・奄美・欧州・東南アジアを遊んで周っておりました。
夢は世界一周と自分の宿を持つこと。素潜り大好き。
現在京都ユースホステル協会職員。

カテゴリー: ニュースリリース, 旅(ホステリング), 記事/旅紀行   タグ:   この投稿のパーマリンク

▲上部へ戻る