【協会】旅のあれこれ『仁義なきバスツアー~怒りのデスロード篇~』



■ 旅、時々ユースホステル~旅やユースホステルに関するエッセイ~
旅のあれこれ『仁義なきバスツアー~怒りのデスロード篇~』

<前回のあらすじ>
盟友Kとベトナムでバスツアーに参加した僕は、タムコックの水辺で激しい物売り合戦に巻き込まれたのであった。
前回はエッセイはこちら
その後…

僕は憤慨していた。
このベトナムという国に、のろのろと走るバスに、鼻毛の出たガイドに、
そして僕自身に対するやり場のない怒りが、全身を震わせていた。

無事に(?)ツアーの全行程を終えた僕たちは、一路ハノイを目指しておりました。
そもそもの間違いは、ツアーの後に夜行バスを予約していたことでした。

ツアー終了の2時間後に出発する「スリーピングバス」なる
何やら大変快適そうなバスに乗って、ベトナム中部の町フエまで
一夜のうちに駆け抜ける算段でした。



しかし、安定の渋滞。

2時間余裕を見ておけば大丈夫だろう。
この考えが甘かったのでした。

飛行機や電車でさえ時間単位で遅れるこの国において、
バスツアーの終了予定時刻など守られるはずもなかったのです。

ようやく宿についた時には、すでに時計は
出発時間の15分前を指しており、僕達は非常に焦れていました。
バスターミナルまで走っても間に合うかどうか…。

その時、救世主が降臨しました。
宿に兄ちゃんがバイクで送ってくれるというのです!

「任せろマイフレンド!」

合った瞬間からマイフレンドと呼ばれていて、正直とても胡散臭かったのですが、
この時ばかりは本当に信用できる友人のごとく輝いて見えました。

急いで荷物を持ち、兄ちゃんのバイクに乗ります。
無論90ccのスクーターに3人乗りの図ですが、緊急時なのでそこはスルーです。
しかし、ヘルメットが一つ足りません。

「ヘルメットがないけど…」
「ノープロブレムだよマイフレンド!帽子を深くかぶるんだ!」

この国の人がノープロブレムということは
大抵とてもプロブレムなのですが、ここも緊急時なのでスルーです。

バイクは帰宅ラッシュに湧くハノイの大通りを信じられないスピードで走っていきます。
3人+バックパック2個載せて90ccがこんな速度出るはずないだろ。
どんな魔改造を施しとるんだ一体。

そんなこんなで何とかバス停に到着。
時間には遅れていましたが、バス自体も
安定の遅延をしていたため、間に合いました。

ともかくありがとうフレンド!
あんまりバイクいじり過ぎたらダメだよ!

あとはもうスリーピングバスに乗って一晩寝たら古都フエです。
そう思っておりました。

とりあえずスリーピングバスに乗り込む訳です。


2段ベッド、まさかの3列。
細すぎるだろベッド…。

とてもじゃないけど熟睡は不可。
というか眠りに就くことさえも出来るかどうか。

しかも出発してわかったんですが、このバスものすごく揺れます。
当然重心の高い上段のベッドは、揺れ幅が大きいわけです。
両端のベッドは窓に寄りかかって耐えられますが、
僕がいる真ん中のベッドは身を預ける物がないのです。
転がり落ちないためには、両脇の柵をしっかりと掴む必要があります。

更に、センサーが壊れているのか
ずっとガソリン切れの警告音がピーピー鳴ってます。

トイレは戸が閉まらず、嫌なにおいと蝿が車内に蔓延。

ドライバーが小遣い稼ぎをしているのか、
どんどんバス乗ってきて通路に座り込むベトナム人。

すえた臭いの中、車内に響く呻き、いびき、歯ぎしり。
憔悴しきった男が「音を止めてくれ、気が狂いそうだ」とつぶやく。

なんだよこれ…。
走行型の移動する地獄じゃないか…。

耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ12時間。

長い長い夜を越え、僕らの前に姿を現した
古都フエのベトナム旗は、あまりに美しく翻っていたのでした。





Writer:新倉 遊
1988年生まれ。名前を読んで字の如く、
沖縄・奄美・欧州・東南アジアを遊んで周っておりました。
夢は世界一周と自分の宿を持つこと。素潜り大好き。
現在京都ユースホステル協会職員。




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旅のあれこれ『仁義なきバスツアー~タムコック死闘編~』

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