【協会】旅、時々ユースホステル『僕とオーストラリア』vol.3



■ 旅、時々ユースホステル~旅やユースホステルに関するエッセイ~
僕とオーストラリア vol.3



今回は私がワーキングホリデービザを取得し、
オーストラリアに着いた直後~
スケボーを始めるまでの間の話をしようと思います。

私のオーストラリア生活は、
メルボルンの街中から少し離れたPrestonという
地域に住んでいる家族へのホームステイから始まりました。

到着早々紅茶を一杯いただき、待っていると
出てきたのが身長178cmの私からしても
大きいと感じるサンドイッチ。

以前の記事にも書きましたがオーストラリアの人々の間では
客人にオーストラリアンサイズのビッグサンドイッチで
もてなすのがトレンドなようです。
味はめちゃくちゃおいしかったです。

そしてもう一つ驚愕したのが
『クリスピーポーク』という料理でした。

ラグビーボールくらいの大きさの豚肉
(普段私たちが見慣れない白い分厚い皮つき)の
分厚い皮の部分に切り込みを等間隔に入れ、
そこから塩をたっぷり塗り込みオーブンで
弱い熱でじ~っくり焼くと、
皮の部分が塩味の効いたカリカリサクサクになり、
肉の部分は柔らかく押せば肉汁が出るほどジューシーになり…
それはもう私史上味覚的にも視覚的にもかつてない衝撃でした。



ただやっぱり手間がかかる料理みたいで、
あまり食べることはありませんでした。
だからこそ鮮明に覚えています!

そして私はPrestonのステイ先から街中の語学学校まで
路面電車「トラム」に乗って45分かけて通いました。

登校初日、もちろん道に迷いました。
メルボルンの街中は京都の街中のように碁盤の目になっていて
比較的簡単な街なのですが…初めての土地というのもあってか、迷いました…

それでも人に尋ねてなんとか時間内に学校に着くと
すぐに英語のレベルチェックテストが始まりました。

内容はライティング、リーディングなどのペーパーテストと
先生との一対一の対話をして、そのテスト結果に応じた
クラスに分けられ教材が渡されました。

次の日から私が分けられたクラスに行くとそこには
ブラジル、タイ、韓国、中国、そして日本と様々な国籍の人がいました。

今までは自分の周りの生徒といえば
同い年の日本人がいて当然のクラスでしたが、
様々な国から来た様々な年齢層の人が同じクラスにいる
ということに新鮮さを感じたのを覚えています。

授業を進めていくうちに感じたのが、
南米出身のクラスメイトの発言力です。

発言する権力があるという意味ではなく、
他のクラスメイトが頭の中で考えて言い籠っているのに対し
彼らには物怖じせずに、合っていようと間違っていようと
答えまくる「発言する・しようとする力」があるように感じ、
その姿勢には「私も頑張らなければ!」と強く思わされました。

授業の合間に話していてもとても気さくで明るい人たちで、
よく話が盛り上がりました。

授業も数日が経った頃、
クラスで出来た友達と近くで買い物したり、
ご飯に出かけたりするようになり、
お酒も飲める歳だったのでそのあと飲みに行ったりもしました。

そこで登場するのはメルボルンに行ったら
大体の人が行くことになるバー、”Equinox”(エキノックス)です。



ピッチャーに入ったビールが20$~と安い値段で
そこそこの量のお酒が飲める場所で、
ドリンクもフードも種類が豊富でおいしいんです!

店内一階は普通のカフェ&バーで、
二階は昼間入れませんが夜はナイトクラブのように
ライトがキラキラと綺麗な内装で楽しい空間になっています。

もちろんEquinox以外にもお店はたくさんあるのですが、
なぜか集まるとなったらここに集まるのがいつものコースになっていました。

友達と観光をしたり、ビクトリアマーケットへ行ったり、
ブラジルからの移民の人たちが開催するチョコレートフェスティバルへ行ったり、
友達の家でカンガルー肉を調理して食べたりと、
いろいろなことをした後に立ち寄ったり、
学校のみんなで集まるとなったらまずEquinoxでした。


(左:ビクトリアマーケット、右:チョコレートフェスティバル)

ちなみにカンガルー肉、口当たりは牛肉に似ていますが
説明できない独特の臭みがあり、素人の調理ということもあり、
「美味しい!」と素直に言える代物ではありませんでした。



お試しの際は専門のレストランへ行くことをお勧めします。
(そもそもそんなレストランが存在するかどうかはお調べください…)

こんな生活を経て私はスケートボードにハマり、
学校で日本語を教えたり、カフェで働いたり
するわけですがそれはまた別の機会に…


Writer: 吉村伊久人(Yoshimura Ikuto)
1992年”ギリギリ京都市”の異名を持つ僻地、山科区生まれ。
オーストラリアでの一年のワーキングホリデーを通して旅に目覚めました。
様々な場所から京都に来られる人をもてなす仕事がしたかったので
現在宇多野ユースホステルのスタッフとして働いています。

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