【協会】旅のあれこれ『屋久島ジャングルエクスペリエンス』




■ 旅、時々ユースホステル~旅やユースホステルに関するエッセイ~
旅のあれこれ『屋久島ジャングルエクスペリエンス』

人間の感覚などあまりあてにならないものです。
その日の気分や体調、さらには天気にまで左右されてしまうような、
移り気で、はかないものだと思います。

そんなものに身体を預けて生活している私達は、
少し状況が変わるだけで誤った判断をしてしまいがちです。
そしてそれは時に、危険な結果を招き兼ねないのです。
今回はそんなお話。

先日、少し長いお休みが取れたので、
以前から気になっていた屋久島に行ってみることにしました。

屋久島とは鹿児島南方に浮かぶ自然豊かな島で、
小さな島にも関わらず1000メートル超えの山が連なる
「洋上のアルプス」とも呼ばれております。

屋久杉やもののけ姫の森なども有名ですが、
インチキアルピニストとしてはやはり
てっぺんを取ってやろうと思い立ち、
今回は最高峰・宮之浦岳を制覇することを
第一目的に屋久島へと旅立ちました。

宮之浦岳山頂への登頂ルートは片道約8km、
往復で16km超の一日仕事です。

前日は9時に就寝の朝4時起床、
バイクで一時間真っ暗な山道を走り抜けて登山口へ向かいます。
まだほの暗い登山口で弁当を食べ、日の出を待ちます。

屋久島はその特異な地形から大変に雨の多い事で知られておりますが、
幸運なことに天候は晴れ。
まだ見ぬ世界へ期待の高まる中、日の出とともに登頂スタートです。

登り始めてまず感じたのは、そのスケールの大きさです。

京都ならご神木になるような大木が
そこらじゅうにそびえ立っているのです。

それもただ立っているのではなく、
木々が争うように立ち上がり、
捻くれ、倒れ、朽ちては芽吹き。
そんなことを原始から繰り返してきたことが
ひと目で分かるような光景でした。

そしてその植生の違い。
普段京都で目にする山との明らかな違いでした。
目にする木々、草花、苔、鳥の声、
はては匂いまでもが全く違うのです。

必然、心が踊ります。
無心のままに写真を撮っては登り、撮っては登り。
山登りはペースが大事なのですが、
序盤から乱しに乱してしまいました。



川を越え



丘に登るとまた風景が変わっていきます。



ここからは奇岩と高山植物の世界です。
先程の巨木が原始なら、こちらは天地創造レベルです。



上に人が立っているのがおわかりいただけるだろうか?

少し霧が出て、



鹿が現れ。



神々しい雰囲気を醸し出します。

霧というのは音の反響を少なくする効果があるようで、
かすかな風の音、木々のこすれる音以外は何も聞こえなくなりました。

あとはひたすら、頂上へ、頂上へ。
他には何も考えられませんでした。

そして頂上へ。
標準タイムより一時間早く着いてしまいました。

以外にあっさりと屋久島最高峰を制覇してしまいました。

頂上にも霧が立ち込めていましたが、
とりあえずの小休止。



さて、ここからですが一枚も写真がありません。
撮らなかったわけでも、カメラの故障でもありません。
撮る余裕がなかったのです。

ただでさえ過酷な8kmの登りをペースを考えずに登ったツケは、
下りで一気に襲いかかって来たのです。

三分の一ほど下ったあたりから息が切れ、膝が痛んできます。
おまけに水の補給を怠ったため、乾きまでが僕を攻め立てます。

こうなるともはや早く降りたいの一心です。
しかし、膝が痛むため休憩を余儀なくされます。
焦れながらの悲惨な撤退戦。
行きとはえらい違いです。

宮之浦岳への道のりはただ単純な登りではなく、
途中いくつもアップダウンを繰り返しています。

いつ終わるとも知れない上り下りの道の途中、
長い下り坂を歩いていたときでした。

気づくと、目の前に道がありません。
道らしくはなっているのですが、
妙に石ばっていて見通しも悪くなっているのです。

気になって後ろを見ると、3mほど道を踏み外していました。
正確に言うと、道を藪に突っ込むまで下りすぎていました。

僕はゾッとしました。
無意識のうちに上り坂を避けて藪に入り込んでいたのです。
普通ならまず間違えないような道を。

残りの帰りの道中、僕はなぜ道を誤ったのか考えました。
疲労や飢え、乾きなどもありますが、
一番の要因は余計なことを考えていたことかと思います。

登りのときは、ただ一心に頂上を目指して進んでいました。
初めての道ですし、必然と注意は向きます。

しかし、下りの時はとにかく余計なことを考えていたのです。
早く帰りたい、風呂に入りたい、何を食べよう、何を飲もう…。
とにかく下りの道以外のことに意識が向きすぎていました。
そして、たった今も下り道以外のことを考えている…。

そこからはとにかく邪念を振り払い、
登山口に戻るまでを一気に下りきりました。
大げさですが、生還した!
と言う気持ちが強かったです。

後ろを振り替えると、山の美しさと恐ろしさを
同時に教えてくれた峰々が静かにそびえ立っていました。

苦しい時や辛い時、人は道を踏み外しやすくなります。
そういうときは一度落ち着き、
道をもう一度よく見据えることが大切なのかもしれません。
そんな学びを得た山の旅でした。



Writer:新倉 遊
1988年生まれ。名前を読んで字の如く、
沖縄・奄美・欧州・東南アジアを遊んで周っておりました。
夢は世界一周と自分の宿を持つこと。素潜り大好き。
現在京都ユースホステル協会職員。




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